生化学研究室の沿革
今日までの生化学研究室の歴史を紐解いてみました(農学部同窓会長の求めもありまして・・・・)。間違え等があるかもしれません・・・
佐賀大学農学部設置から生化学分野の誕生まで
昭和26年(1951年)に佐賀大学が設置され、農学部は、同時に文理学部農学科としてスタートしました。昭和30年(1955年)には文理学部から分離する形で佐賀大学農学部が発足しました。当時は農学科のみの1学科でしたが、昭和35年には農学専攻科(現在における修士課程にあたる)、農業土木学科が設置されるなど、研究教育体制が強化されてきました。
黎明期:農芸化学科の設置と生化学分野の誕生
昭和40年(1965年)3つ目の学科として「農芸化学科」が設置され、学部機能が拡充されていきました。その際に本分野の前身となる生物化学分野が設置され、初代教授として藤井 實 先生が迎えられ、宮﨑 芳光 先生とともに生化学教育研究の礎が築かれました。昭和53年には稲葉 喬 先生が助教授として着任し、研究教育機能の強化が図られていきました。藤井先生は昭和53年3月に退官されました。その後、稲葉先生が昭和54年に2代目教授として昇任されています。この間、大学院農学研究科(修士課程)の設置を経て、より高度な研究環境が整えられていきました。稲葉先生は昭和61年10月で退官されました。
発展期:学科改組と研究領域の拡大
昭和63年(1988年)、農学部は4学科(農学科、園芸学科、農業土木学科、農芸化学科)から2学科(生物生産学科、応用生物科学科)へと大きく改組されました。この変革期において、当分野は平成元年に着任された塚本 卓治先生が主催する「生化学分野」と、昭和63年に着任された渡邉 啓一先生が主催する「生命化学分野」の2分野体制となりました。平成元年(1989年)の鹿児島大学大学院連合農学研究科(博士課程)への参加により、博士号取得も可能な研究教育機関としての地位を確立し、現在に至ります。塚本先生は平成4年に3代目教授へ昇任されました。塚本教授のもとで、Dennis John Grab先生が助教授として所属されるなど、国際化にいち早く貢献した分野であるとも言えます。同時期に佐藤 孝先生も着任され、助手・講師・准教授として研究力の強化に貢献いただきました。黎明期からの研究室運営に携わられた宮崎先生は、平成5年に退官されています。また、塚本先生は平成11年に退官されました。
変革期:法人化と組織の再編
平成12年に「生化学分野」と「生命化学分野」は再度統合され、新・生化学分野として渡邉 啓一先生が主宰されます。その後、平成14年に渡邉先生が4代目教授へと昇任されました。平成16年(2004年)の国立大学法人化を経て、平成18年には農学部は3学科体制(応用生物科学科、生物環境科学科、生命機能科学科)となりました。この時期、本島 浩之 先生が加わり、教育研究の層がさらに厚くなりました。
近年:大学院の改組、先進健康科学へ
わたし、辻田忠志は平成27年(2015年)に留学生専門教育担当講師として、本分野に着任しました。その後、平成31年(2019年)、農学部は1学科「生物資源科学科」へと統合されました。平成から令和へと変わり、COVID-19のパンデミック等々ありましたが、33年の長きにわたり生化学分野の研究教育に携わられた渡邉 啓一 先生は令和3年(2021年)にご退官されました。その後、令和7年には本島 先生が佐賀大学総合分析実験センターへ転出されました。小講座制に馴染みの深いOBの方々からは、寂しいと話がありますが、本学部は大講座制をとっているとのことですので、私が一人で主宰する形も一般的かなと感じます。年表を見ると寂しい感じがしますが。
そしてこれから
辻田は令和7年(2025年)に5代目の教授を拝命することができました。これも、これまでご指導をいただいた恩師の先生方や、研究を共に進めてきた学生さんのおかげです。令和8年度からは、農学部に加えて、コスメティックサイエンス学環の教育にも参加することとなっています。生化学分野として、長い歴史を持つ伝統を継承しつつ、医・理・工・農を包括する先進健康科学研究科(修士課程)融合的な視点を取り入れ佐賀大学の生命科学研究を牽引する所存です。今後ともどうぞよろしうお願い申し上げます。
文責:佐賀大学 農学部 生化学分野 教授 辻田 忠志(2026年1月)
参考文献
・二十五年史:佐賀大学農学部同窓会
二十五年史の抜粋箇所
・佐賀大学創立五十周年農学部記念誌 佐賀大学農学部同窓会
どちらも、佐賀大学農学部総務で閲覧できます!