Saga University / Faculty of Agriculture EN

Tadas Lab

Biochemistry · Faculty of Agriculture · Saga University

研究内容

私たちの生活する環境には、知らず知らずのうちに刺激性化学物質がたくさん存在する

Environmental stress

私たちは日々の生活の中で、農薬・植物花粉・カビの胞子・PM2.5・タバコの煙・車の排気ガス・紫外線など様々な物質にさらされています。こういうものがある環境においても、私たちは健康で文化的な生活を送ることができています。しかし、これらの感知機構が崩れるとどうなるでしょうか?例えば、紫外線は主にゲノムDNAに損傷を与えますが、この認識機構が破綻すると重篤な光過敏症が起きます。これらは先天性の遺伝病としても知られており、それほど私たちの環境中にはストレスが多いということです。

環境を感知して応答する分子メカニズム:環境転写因子とは

環境転写因子

ストレスがないのに「大変だ!」と体が応答した場合はどうなるでしょう?想像しやすい現象としてアレルギーがあります。普通はストレスにならないピーナッツ等によって重篤な反応が引き起こされてしまいます。こういう現象が常に発現すれば、もはやお薬なしには通常の生活が送れなくなります。

私どもは、化学物質を感知して応答する生体のしくみについて研究しています。主な研究対象は:

  • 自然免疫機構(細菌・ウイルス感染認識)
  • PHD-HIF 系(酸素濃度低下の認識)
  • KEAP1-NRF2 系(酸化ストレス・求核性化合物の認識)
  • NRF1(不良タンパク質蓄積・低温ストレスの認識)

これらの転写因子は、刺激がない状態ではユビキチンプロテアソーム系によって常に分解制御され、タンパク質量が低く保たれています。ひとたびセンサータンパク質が刺激を感知すると、分解制御を免れた転写因子が核内へ移行し、標的遺伝子の転写を活性化します。

※ 当研究室が研究対象とするのは NRF1(Nuclear factor erythroid-derived 2-related factor 1)、別名 NFE2L1(Nuclear factor erythroid-derived 2 like 1) です。Nuclear Respiratory Factor と混同されることがありますのでご注意ください。

環境応答ストレスセンサー:NRF ファミリー

NRFファミリー

NRF転写因子ファミリーは脊椎動物で NRF1・NRF2・NRF3 の3種が存在します。

  • NRF1:不良タンパク質・低温ストレスを認識
  • NRF2:酸化ストレス・求核性化合物を認識
  • NRF3:不良タンパク質を認識

これらは個体や細胞に抵抗性を付与する防御タンパク質を統一的に誘導します。2000年代に遺伝子欠失マウスが相次いで作出されましたが、NRF2・NRF3 の全身欠失マウスは生育・生殖に影響がないのに対し、NRF1 のみが出生後すぐに死亡してしまうため、長らく研究が遅れていました。

NRF1 は標的遺伝子を抑制的に制御する?

長い間、NRF1 は NRF2 と同様に外部刺激によって安定化し、抗酸化タンパク質を誘導すると考えられてきました。しかし NRF1 全身欠失マウスが出生後すぐに死亡するのに対して、NRF2 は普通に生まれ生殖能力も有するなど、表現系が全く異なります。

当時存在しなかった NRF1 認識抗体を樹立したところ、マウスの肝では未刺激状態でも NRF1 タンパク質が十分存在することが判明しました。すなわち NRF1 は未刺激状態でも何らかの転写調節に関与すると考えられます。現在では市販の抗体で検出が可能です。

個体における NRF1 の機能解析を可能にした CYP1A1-Cre システム

CYP1A1-Creシステム

個体における NRF1 研究のため、早期から条件付き遺伝子欠失システムが試みられました。Albumin-Cre・Nestin-Cre・Mx-Cre・CreER などを経て、最終的に採用したのが CYP1A1-Cre システムです。

このシステムは、AhR レセプターと結合する 3-Methylcholanthrene (3-MC) を皮下注射することで、出生後の成獣で肝特異的に遺伝子を欠失できます。任意の週齢で 3-MC を注射し2週間待つことで、NRF1 が十分欠失することを確認しています。

このユニークな薬剤誘導的 NRF1 欠失マウスで見出した3つの顕著な異常:

① 顕著な脂肪蓄積
脂肪蓄積
Albumin-Cre マウスでも脂肪肝が観察されていましたが、質量分析器を用いて脂質の素性を明らかにし、その中で FADS3 が NRF1 によって制御されることを見出しました。
② 抗酸化物質グルタチオンの蓄積
グルタチオン
原因は xCT(細胞外からシスチンを取り込む受容体)の ectopic な発現上昇にあります。NRF1 が積極的に xCT を抑制していたわけです。xCT はがんマーカーとして知られており、NRF1 の発現変動も病変に関与すると考えられます。
③ ポリアミン代謝の異常
ポリアミン
低分子代謝物の解析から、ポリアミン代謝バランスの異常を発見。スペルミンの分解亢進(SMOX 経路)によって、過酸化水素・アンモニア・アクロレインが蓄積し、これが NRF1 欠失による肝障害の原因であることを突き止めました。
ブレーキが壊れた車とアクセルが壊れた車、どちらが危険でしょうか?アクセルが壊れた車は走りませんが、ブレーキが壊れた車はかなりの確率で事故に遭います。NRF1 による積極的な抑制制御こそが、外来ストレッサーの認識よりも重要なのではないかと考えています。

NRF1 を制御する物質はなんだ?

NRF1制御物質スクリーニング

NRF2 の研究が爆発的に進展する一方、NRF1 はプロテアソーム構成因子を統一的に誘導できることで注目されましたが、制御物質が不明なため解析が進んでいませんでした。

私たちは NRF1 安定化を高感度に検出できるレポーター細胞を樹立し、数万化合物から特異的な活性化物質(T1-20)を取得しました。現在は T1-20 以外のヒット化合物の精査や標的タンパク質の同定を進めています。

NRF1 を制御できる物質は食品等にも含まれる可能性があります。農産物等の評価を通じて、地産商品のブランディングへの貢献や、健康食品・化粧品・創薬への応用研究を推進し、農学分野から健康長寿社会へ資することを目指しています。

抗酸化タンパク質は多ければ良いか? / 評価方法について

抗酸化タンパク質を多く保持することは良いことばかりと考えられがちですが、ある種のがんはそれを逆手にとって抗がん剤に対する耐性を獲得しています。抗酸化タンパク質は、刺激に応じて適切な時・場所で誘導され、悪者を処理したら速やかに消える必要があります。

これまでは遺伝子改変マウスを用いた解析が主体でしたが、もっと簡便に評価したいという観点から、小型魚類を用いた実験系を導入しています。魚が好きなことも高じて導入しましたが、興味がある方、共同研究等いつでもお待ちしております!

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